アフリカの即時決済インフラが開く、新しいフィンテック市場
アフリカでは今、銀行やモバイルマネーの違いを越えて送金・決済できる、相互運用可能な即時決済システムの整備が進んでいる。
この動きを支援している代表的な組織の一つが、AfricaNenda Foundationである。AfricaNendaは、アフリカにおける包摂的な即時決済システムの普及を目的に、中央銀行や決済事業者、国際機関などと連携し、各国の制度設計やシステム導入を支援するアフリカ主導の非営利組織である。
そのAfricaNendaなどが用いる「IIPS」という用語は、Inclusive Instant Payment System、すなわち「包摂的即時決済システム」を意味する。その中核となるのが、銀行、モバイルマネー、フィンテックなどの間で決済できる相互運用性である。
この変化は、単に送金が速く、便利になる、といったものではなく、これまで金融機関や通信事業者ごとに分断されていた決済網が共通化されることで、フィンテック企業の競争領域が「決済網を保有すること」から、「共通の決済基盤の上で、どのようなサービスを提供するか」へ移り始めることを意味していると言える。
各国で進むIIPSの整備とMojaloopの採用
ルワンダのeKashは、この変化を示す代表的な事例である。eKashは、Rwanda National Digital Payment System(RNDPS 2.0)の利用者向けブランドで、銀行、モバイルマネー、SACCO、マイクロファイナンス機関などを接続する共通決済基盤として整備されている。当初の個人間送金に加え、2025年2月には、店舗・事業者向けのP2M、P2B決済も発表された。
基盤にはオープンソースのMojaloopが採用され、ルワンダの決済事業者RSwitchを中心に、現地IT企業のWiredInがシステムインテグレーターとして実装に参加している。これは、海外ベンダーの完成されたシステムをそのまま導入するのではなく、オープンソースを利用しながら、国内企業が自国の制度や商習慣に合わせて決済インフラを構築した事例である。MojaloopによるeKashの解説
同様の動きは、アフリカ各国へ広がっている。AfricaNendaのSIIPS 2025によると、2025年時点でアフリカ31か国に36の即時決済システムが稼働しており、2024年には約640億件、約2兆ドル相当の取引を処理した。AfricaNenda SIIPS 2025
代表的なシステムの状況は、次のように整理できる。
| 国・地域 | システム | 運営・実施主体 | 稼働・計画状況 |
| ルワンダ | eKash / RNDPS 2.0 | RSwitch | RNDPS 2.0を2025年2月27日ローンチ。従来のP2Pに加えてP2M/P2B等を拡張 |
| リベリア | Liberia IIPS / Pay Na-Na | Central Bank of Liberia | 2025年12月16日本番ローンチ。当初Orange Money/Lonestar MTN間。銀行・MFI・Fintech・政府等へ拡大予定 |
| ガンビア | BANTABA 2.0 | Gamswitch(CBG・政府主導) | 2025年12月15日正式ローンチ。銀行、MMO、MFI、Fintech、PSPを単一スイッチで接続 |
| ギニア | NimbaPay(SPI) | BCRG / Guinéenne de Monétique(GuiM) | 2026年7月22日本番ローンチ。銀行、電子マネー事業者、MFIを接続 |
| ナイジェリア | NIBSS Instant Payment(NIP) | NIBSS | 2011年導入。銀行、MFB、MMO等へ拡大し現在も稼働 |
| ガーナ | GhIPSS Instant Pay(GIP) / Mobile Money Interoperability | GhIPSS | GIP 2015年、MMI 2018年。GIPが後のモバイルマネー相互運用の基盤にもなった |
| ケニア | PesaLink | Integrated Payment Services Ltd.(IPSL) / KBA | 2016年11月にlive transaction開始、2017年正式展開 |
| タンザニア | Tanzania Instant Payment System(TIPS) | Bank of Tanzania | 2021年8月live operation開始。P2P、政府支払、B2B等へ段階的に拡張 |
| ザンビア | National Financial Switch(NFS) | Zambia Electronic Clearing House(ZECHL) | ATM 2018/9/23、POS 2019/9/30、mobile 2020 Q1と段階展開 |
| エチオピア | EthSwitch IPS / EthioPay IPS | EthSwitch | FY2023/24に一部銀行でP2P live integration。2025年12月EthioPayを正式展開 |
| ソマリア | Somalia Instant Payment System(SIPS) | Somali Payment Switch(SPS) / CBS | CBSの現行説明では2025年1月開始。対外的な正式発表は2025年3月にも行われている |
| エジプト | Instant Payment Network(IPN) | Egyptian Banks Company(EBC)、CBE監督 | 2022年3月22日稼働。銀行口座・カード・wallet等をリアルタイム接続 |
| CEMAC地域 | GIMACPAY | GIMAC / BEAC枠組み | 2020年ローンチ。カード、mobile money、送金をCEMAC域内で相互運用 |
| COMESA地域 | Digital Retail Payments Platform(DRPP) | COMESA Clearing House(CCH)等 | 2025年10月、Malawi–Zambia corridorがintegration testingからuser trialsへ移行 |
| アフリカ域内 | Pan-African Payment and Settlement System(PAPSS) | PAPSS / Afreximbank・AfCFTA | 2022年1月13日商用ローンチ。接続中央銀行・金融機関・switchを拡大中 |
※ 表内の各国・地域の導入状況の裏付けとなるリンクは、補足を参照してください。
アフリカのIIPSがすべてMojaloopで統一されているわけではないが、一方、ルワンダに加え、2025年にはリベリアとガンビアでMojaloopベースの国家IIPSが本番稼働し、ギニアでも採用が決定した。
リベリアのIIPSはMojaloop v17による最初の実取引環境とされ、将来的なPAPSS接続も構想に含まれている。リベリアIIPSの発表
ガンビアのBANTABA 2.0も、Mojaloopを基盤とした国内初のIIPSとして2025年12月に正式導入された。BANTABA 2.0の発表
さらにギニアでは、中央銀行が銀行、電子マネー事業者、マイクロファイナンス機関、フィンテックを接続するSPIをMojaloopベースで構築する方針を発表している。ギニアSPIの発表
個別接続から、共通ハブ、そしてハブ同士の接続へ
これまでの分断された決済市場では、新しいサービスを提供しようとする企業は、複数の銀行やモバイルマネー事業者と個別に契約し、それぞれ異なるAPI、精算方法、本人確認、運用ルールに対応する必要があった。接続先が増えるほど開発・運用は複雑になり、このコストが新規参入の大きな壁となっていた。
これに対してハブ型では、銀行、モバイルマネー、フィンテック、SACCOなどが共通基盤に接続する。参加事業者が10社ある場合、すべての事業者が相互に個別接続すると最大45通りの接続関係が必要だが、ハブ型では、原則として各社が共通ハブに接続するだけで済む。
もっとも、「先進国は相互接続型、アフリカはハブ型」と単純に分けることはできない。日本の全銀システムや英国のFaster Paymentsなど、先進国にも中央ハブ型の決済システムは存在する。
アフリカの特徴は、銀行だけでなく、モバイルマネーや非銀行系事業者も含めた共通基盤を新たに設計できる点にある。そして、次の段階として注目されるのが、国内のハブ同士を国境を越えて接続する構想である。
Mojaloopは2025年4月に公開したv17で、異なるMojaloopシステム間の接続、通貨交換、ISO 20022メッセージへの対応など、クロスボーダー決済を想定した機能を追加した。これにより、Mojaloopは国内の決済ハブを構築するソフトウェアから、複数の国内ハブを接続する地域決済基盤としても利用できる設計になっている。Mojaloop v17の発表
ただし、同じMojaloopを採用しているだけで、各国のシステムが自動的に接続されるわけではない。通貨交換、中央銀行間の精算、AML/CFT、取引上限、利用者保護、データ越境、紛争処理などについて、国同士で制度と運用ルールを整備する必要がある。
Mojaloopの共通性は、クロスボーダー接続の必要条件ではないが、接続に必要な技術的・運用的な差異を小さくする要素にはなり得る。
COMESAの実証が示す「一国を超えた市場」
この可能性を具体的に示しているのが、COMESAのDigital Retail Payments Platform(DRPP)である。
DRPPはMojaloop技術を利用した地域型のリテール決済基盤で、2025年にマラウイとザンビアを結ぶクロスボーダー回廊で実証が始まった。現地通貨による決済を可能にし、特に中小・零細事業者の越境取引コストを下げることを目的としている。COMESA DRPPの発表、Mojaloopを利用したDRPP実証
現時点では、マラウイとザンビアの間で試験運用が行われているまでであり、COMESA全域で利用できるわけではない。しかし、COMESAは21か国、人口6億4,000万人以上を擁する地域共同体である。将来的にDRPPが他の加盟国へ展開され、各国の銀行、モバイルマネー、フィンテックが接続されれば、一つの地域決済圏として大きな市場になる可能性がある。COMESAの市場規模
これは、フィンテック企業が参入先を評価する方法も変える可能性がある。
従来は、ルワンダ、リベリア、ガンビアなど、それぞれの人口、加盟店数、スマートフォン普及率、決済額を個別に評価する必要があった。しかし、国家IIPS同士のクロスボーダー接続が実現すれば、参入判断の単位は「一国の人口」から、「接続された複数国の利用可能人口」へ変わる。
例えば、ある国のIIPSに対応して開発した加盟店管理サービスを、同じ技術仕様や接続方式を採用する別の国へ展開できれば、国ごとにシステムを一から作り直す必要性は低下する。さらに地域ハブを通じて複数国へ到達できるようになれば、サービスの潜在市場は、それぞれの国の人口や事業者数の合計として考えられるようになる。
もちろん、人口の合計をそのまま市場規模とみなすことはできない。実際の評価では、より多くの指標を見ていく必要があるが、それでもアフリカ諸国の人口増加や経済成長率を加味していくと、やはりポテンシャルのある領域と言えるのではないか。
競争領域は「決済」から「決済の上のサービス」へ
共通決済基盤が整備されると、新規参入企業は、自ら大規模な決済ネットワークを構築しなくても、その上にサービスを作れるようになる。
例えば、飲食店の注文・予約・会計、小売店のPOSや在庫管理、学費や医療費の請求、農産物の集荷と生産者への支払い、配送管理、家賃や公共料金の回収など、さまざまな業務アプリに決済を組み込める可能性がある。
この変化によって、顧客を囲い込む方法も変わる。従来は、自社ウォレットの中に残高、利用者、加盟店を閉じ込め、他のネットワークへ移動しにくくすることが競争力につながっていた。しかし相互運用性が高まれば、ネットワークを閉じることによる囲い込みは弱くなる。
その代わりに重要になるのが、使いやすい画面、加盟店の業務管理、予約・注文、顧客管理、ポイント、融資、保険、配送などを組み合わせたサービスである。
さらにクロスボーダー接続が進めば、一つの国で構築したサービスを、地域内の複数国へ展開する可能性も高まる。特に、越境EC、物流、観光、出稼ぎ労働者の送金、農産物取引、地域内の仕入れ、学校や医療への支払いなど、最初から国境を越える性質を持つサービスには大きな機会がある。
競争は、「お金を他社へ移動できなくすること」から、「自由に、国境を越えて移動できる環境でも使い続けてもらえる価値を提供すること」へ変わる。
アフリカで始まる、決済の次の競争
もっとも、共通の決済基盤が整備されたからといって、フィンテック企業がその基盤へ自由に接続し、すぐに決済サービスを始められるわけではない。金融ライセンス、KYC、AML/CFT、利用者資金の保全、不正検知、サイバーセキュリティ、紛争・返金処理など、金融サービスとして満たすべき要件は引き続き存在する。IIPSへの直接接続も、通常は銀行や認可を受けた決済事業者などに限られる。
そのため、例えば日本企業がアフリカへサービスのアイデアや技術を持ち込む場合、自ら金融ライセンスを取得して決済事業者になることが、必ずしも現実的な参入方法とは限らない。現地の銀行、モバイルマネー事業者、決済ライセンスを持つフィンテックなどと提携し、決済と資金管理は提携先が担い、日本企業は利用者向けアプリや加盟店管理、予約、注文、物流などのサービス部分を提供する形が現実的であると考える。
IIPSによって変わるのは、規制上の参入要件がなくなることではなく、提携先を通じて幅広い金融機関や利用者へ到達しやすくなることである。すべての金融機関と個別に接続する必要が薄れれば、海外企業にとっても、現地の制度に沿った形でサービスを展開する選択肢が広がる。
そして、Mojaloopベースの国家IIPSやCOMESA DRPPのような地域基盤が広がれば、参入先を一国だけで評価する必要はなくなる可能性がある。接続された国の人口、利用口座、加盟店、取引量の合計が、サービスの潜在的な市場規模になる。
IIPSの普及によって、アフリカのフィンテック市場は、決済網を持つ一部の大企業だけの市場から、共通インフラの上でさまざまな企業がサービスを競う市場へ移行しつつある。さらに国内ハブ同士が接続されれば、その競争の単位は一国から地域へ広がる。
次に問われるのは、共通化が進む決済基盤の上で、誰が利用者や事業者にとって最も価値のある体験を提供し、それを何か国へ展開できるかである。
IIPSの普及は、アフリカにおける決済の完成ではなく、国境を越えた新しいサービスと産業を構築する競争の始まりだといえる。市場や制度には国ごとの違いがあり、現地企業との連携も欠かせないが、決済インフラの共通化によって、これまで実現が難しかったサービスを広域に展開できる可能性は確実に高まりつつある。アフリカで新たな事業機会を探す企業にとって、IIPSの上にどのようなサービスを構築できるかは、今後大きな可能性を持ち、挑戦する価値のある領域の一つになるだろう。
補足
各国の導入状況に関して、参考としている資料